現代の葬式のありかたとは

葬式は、人生が終わる際の最後のセレモニーだ。
人は誕生して、様々な人生を歩む。
その間にいくつものセレモニーがある。

入園式・卒園式・入学式・卒業式・結婚式・・・そして葬式。

入学や卒業・結婚などはあらかじめ日程がわかっているので、かなりの準備期間がある。

入念に準備をして、当日を迎えられるし、当人の意向も尊重される。
しかし葬式は違う。
もちろん、何かの事情で余命がわかっており、人生の幕引きがわかってしまう場合もあるだろう。
しかし、その時葬式のことまで頭が回るかどうか。
自分だったら回らない気がする。

なので、葬式は、故人の意向を身内なり、親しかった人が、「故人ならどう思うだろうか」という思いをはせて、執り行わなければならない。

「派手な葬式は不要、親しかった友人や親族だけで見送る」そんな葬儀(家族葬)も増えている。

付き合いが広かったため、やはり多くの方に最後のお別れをして欲しい、そんな思いもあるだろう。要は故人がどう思うか、どう感じるかが重要で、残された家族の思いだけで葬儀を進めると、故人の遺志と反する場合もある。


私の祖母はある宗教に入信していたが、親戚は別の宗教に入信していた。


葬儀は祖母の宗教ではなく、親戚の宗教で執り行った。

これでは故人はどう思うか。突然の死だったため、もちろん準備期間も短く、親戚同士話し合う時間もあまりなかった。

主導権を握っていた親戚に任せたら、故人が入信していた宗教と全く違い、後味の悪い思いをした。

身内同士で宗教が違うと結構大変だ。

これを教訓に、残された家族が考える葬儀ではなく、純粋に故人のことを偲んだ葬儀がなされるのが、今後の葬式のありかたではないだろうか。

エンディングノートなるものが流行っている。

人生の最後を想定して、自分の考えなどを記すノートである。
遺書とまではいかない。

しかし、故人がそんなものを記していたら、故人が望んでいる葬式に近づけるのではないだろうか。

https://antenna.jp/news/detail/580149
http://www.zensoren.or.jp/dictionary/dictionary_02.html
http://www.ceremore.jp/